確かに私は、1人になりたいと思ってた。
つまらない日常、煩い親に、煩い友人達。
だけど…
「何で?」
今の私の口から出る台詞は、それだけだ。
だって、朝起きたら、本当に1人になっていたのだから。
いつもやかましい声で私を起こす母も、食卓で呻きながら新聞を読んでいた父の姿も、家にはなくなっていて、外に出てみても、歩いている人がいないどころか、人の声も、気配すらも感じられない。
車が何台も、信号待ちをしているかのように停まっているのに、中に人はいない。
1人になれたら、どんなに楽かと思っていたのに、動かなくなった街をただ歩いては、混乱するばかり。
夢かと思って、頬っぺたをつねってみたけれど…痛いだけだった。
どうやらこれは、夢ではないらしい。
私は、自分の部屋に戻ってただうずくまった。

どれ位の間、そうしていたかわからない。
ぐぅ〜…
私のお腹が、空腹を訴えて小さな音で鳴った。
…お腹空いたな。
「お母さ…」
呼ぼうとして、気がついた。
母はいないのだ。
とりあえず、冷蔵庫にある物を使って、自分で作ろうと試みる。
卵すらも割れない自分に気付く。
…そうか、全部、お母さんがやってくれてたんだ。
今頃になって、母のありがたみに気付く。
私は、お湯を沸かしてカップ麺を作って食べた。
あまり、おいしく感じられない。
テレビをつけてみたけど、どのチャンネルを回しても、ザーっという砂嵐が映るだけだった。
…本とに、誰もいなくなっちゃったんだ。

安心感なんてものは、そこには無くて、音の無い部屋の中で、ただぼーっと座っているだけで、時間だけが、流れていく。
気がつけば、目からは涙が流れていた。
私の望んでいたのは、こんな事なんかじゃないのに。
声を出して泣いても、誰も慰めてはくれない。
誰かと話したくても、誰も応えてはくれない。
1人になるという事は、そういう事で。
私はただ、皆が戻ってきてくれる事を望んで、泣き続けた。
泣いて、泣いて、そのまま眠りについた。

「桂子(けいこ)ーっ!もう起きなさーいっ!」
母の声で、私は目を覚ました。
「お母さんっ!?」
急いで部屋を出て、階段を駆け下りる。
リビングには、新聞を読んでいる父の姿と、エプロンをつけた、母の姿があった。
「良かったぁ…」
私はその場にしゃがみ込むと、また泣き出した。
「あら桂子、どうしたの?」
母が、心配そうに私の顔を覗き込む。
「ううん。何でもないの」
泣き声で私は答えると、母に言った。
「お母さん、いつもありがとう」